貸し倒れをどう測り、いくら資本を積むか:信用リスク管理の全体像
はじめに
今回は経済資本という概念について、書きたいと思います。「引当は毎期きちんと積んでいるのに、なぜその上にさらに信用リスク用の資本を持たなければならないのか」。引当も資本も、貸したお金が返ってこないときのための備えです。同じ目的の備えが二重にあるように見えるので、この疑問は自然です。
信用リスク管理の体制づくりを支援していると、形を変えた同じ質問に繰り返し出会います。先に答えの骨子を言うと、引当が受け持つのは「平均的な年に起きる損失」で、経済資本(Economic Capital)と呼ばれる備えが受け持つのは「悪い年に平均を超えて膨らむ損失」です。ただし、この一文だけを渡されても納得はできません。個々の融資のリスクをどう数字にし、ポートフォリオ全体でどう集計し、どこまでが引当で、どこからが経済資本なのか。流れ全体をつかむと、この役割分担が腑に落ちます。
この記事では、貸し倒れのリスクを数字に変えて、引当・経済資本・個別の与信判断に使えるようにするまでの流れを、1本の地図として描きます。途中に現れる個別の論点(損失分布の裾、倒産確率の推定、格付けの区切り方)は、それぞれ別の記事で掘り下げているので、本文中で案内します。
対象読者:
- 金融機関で信用リスク管理・自己査定・資本管理に関わっていて、引当と経済資本の関係を自分の言葉で説明したい方
- 与信スコアリングモデルの開発者で、自分のモデルが管理体系のどこで使われるかを一望したい方
- 事業会社で取引先の与信管理を担当していて、金融機関の枠組みを参考にしたい方
記事のポイント:
- 貸出1件の期待損失の計算から出発し、その掛け算に出てくる3つの構成要素を実際の数字で定義します
- ポートフォリオの損失を「平均は引当、平均を超える振れは経済資本」で分担する構造を、損失分布の形から説明します
- パラメータ推定の難しさと、運用開始後のモニタリングまで含めた管理サイクルの全体を示します
貸出1億円の期待損失の計算
記号や分布の話に入る前に、融資1件のリスクを実際に数字にします。取引先A社に1億円を貸しているとします。社内の格付けでA社は中位の区分にあり、この区分の企業が今後1年でデフォルト(債務不履行。実務ではおおむね3か月以上の延滞や実質破綻を指します)する確率は、過去の実績から2%です。デフォルトしても担保や保証で一部は回収でき、回収しきれずに失う割合は40%と見積もられています。
この1件の1年分のリスクは、次の掛け算で1つの数字になります。
掛け算に出てきた3つの数字が、信用リスク管理の基本部品です。デフォルトする確率2%をPD(Probability of Default、デフォルト確率)、デフォルト時に失う割合40%をLGD(Loss Given Default、デフォルト時損失率)、そのとき残っている貸出額1億円をEAD(Exposure at Default、デフォルト時エクスポージャー)と呼びます。結果の80万円が期待損失EL(Expected Loss)で、一般に次の形で書きます。
3つの部品は、それぞれ別の情報から決まります。PDは借り手の信用力の関数で、次の節で見るように格付けを通じて与えられます。LGDは案件の保全の関数で、同じA社への貸出でも、不動産担保付きなら低く、無担保なら高くなります。EADは現時点の残高と同じとは限らず、例えばコミットメントライン(借入枠)を与えている先は、資金繰りに窮したときほど枠を使い切ってからデフォルトするため、未使用枠の一部もEADに織り込みます。借り手・案件・契約形態という別々の情報が、この掛け算で1つの金額に集約されます。
なお、この枠組みの対象は貸出に限りません。相手のデフォルトによって損失を被りうる残高のことをエクスポージャー(exposure)と呼び、社債の保有、保証の差し入れ、デリバティブ取引の与信相当額も、同じPD×LGD×EADの掛け算に乗ります。この記事では例を貸出のまま進めますが、以降の話はエクスポージャー全般にそのまま読み替えられます。
この80万円は、まず個別の与信判断に使います。A社への貸出金利から調達コストと経費を引いた残りが年80万円を下回るなら、この融資は平均的には赤字です。承認するかどうか、金利をいくらにするか、担保や保証をどこまで求めるかという判断の土台に、この1つの数字を置きます。
ただし、A社が来期に80万円ちょうどの損失を出すことはありません。実際に起きるのは「何事もなく利息が入る」(確率98%)か「デフォルトして4,000万円を失う」(確率2%)のどちらかです。80万円は、同じような貸出を長く続けたときの1年あたりの平均にすぎません。引当と経済資本の役割分担は、この「平均」と「実際に起きること」のずれの、どこからどこまでを担当するかの線引きです。
掛け算に入れたPD 2%は、格付けとマスタースケールから来る
先ほどPDを「格付け区分の実績から2%」としました。この数字の出どころを一段さかのぼります。多くの金融機関では、財務指標(自己資本比率、収益性、債務償還年数など)や取引情報を入力に、ロジスティック回帰などの統計モデルでデフォルトのしやすさをスコアとして算出します。スコアは連続値で、A社が0.0213、B社が0.0198のように企業ごとに細かく異なります。
実務ではこの連続なスコアをそのまま使わず、10前後の格付け区分に切り分けます。1格から10格、あるいはAAAからCのような記号です。各格付けには代表となるPDを1つ割り当てます(この対応表はマスタースケールという名前で呼ばれます)。作り方の骨子は、スコア順に並べた債務者を区切り、区分ごとの過去のデフォルト実績の長期平均を代表PDに据えるというものです。境界は、等級が1つ下がるとPDがおよそ等比で増えるように刻むのが一般的で、そのぶん下位等級ほど1つの等級がカバーするPDの幅は広くなります。A社のスコアがどの区間に落ちるかで格付けが決まり、その格付けのPDが先ほどの2%として期待損失の計算に入ります。
格付けはモデルの出力そのままでは確定しません。財務データは決算書ベースで最大1年古く、粉飾や一過性の特殊要因も混ざるため、営業現場や審査部が持つ定性情報(経営者の交代、主力販売先の状況、業界の構造変化など)で調整する工程を挟みます。モデルの格付けを人の判断で上書きするこの操作はオーバーライドと呼ばれ、どれだけの頻度で、どちら向きに、誰の権限で行われたかを記録して統制します。上方への上書きが特定の部署に偏っていないかは、格付け制度の健全性を測る定番の監査ポイントです。
わざわざ連続値を離散な記号に落とすのは、社内の意思決定が記号の単位で動いているからです。支店長がいくらまで決裁できるか、金利の下限をどこに置くか、引当率を何%にするかは、格付けごとに定められています。連続なスコアのままでは、権限規程にも引当基準にも書き込みにくくなります。同時にこの離散化は情報を捨てる操作でもあり、区切りの数と位置しだいで、同じ格付けの中に混ざるリスクの幅が変わります。線の引き方の合理性と代償は、格付けの区切り方の設計で掘り下げています。
信用スコアリングの実務では、モデルの識別力(危ない先とそうでない先を正しく並べ替える力)よりも、格付けごとのPDが実績のデフォルト率と合っているかが最終的に問われます。期待損失も引当も経済資本も、すべてこのPDの上に積み上がるからです。並べ替えが正しくても水準が2倍ずれていれば、この後の計算はすべて2倍ずれます。識別力に価値がないわけではありません。並べ替えの精度が高いほど、同じ等級数でも等級ごとの中身が均質になり、優良先により低い金利を提示する、危ない先への与信を早めに絞るといった判断の差をつけやすくなります。ただ、その効果も各等級のPDの水準が実績と合っていることが前提です。
期待損失は加算で得られるが、損失が集中するケースを考慮できない
ポートフォリオ全体に話を広げます。ELは掛け算と足し算でできているので、1件ずつのELを合計すればポートフォリオのELになります。A社と同じような貸出1万件、総額1兆円のポートフォリオなら、ELの合計は年80億円です。平均的な年には、このくらいの貸倒損失が出ると見込めます。この平均に対する備えが貸倒引当金で、毎期の損益計算書に費用として計上されます。
引当の計算は、会計基準の要請と地続きです。国際会計基準のIFRS第9号や米国会計基準のCECLは、過去の実績だけに基づかず、将来の見通しを織り込んだ予想信用損失(expected credit loss)で引当を積むよう求めており、その計算部品はここまでに見たPD・LGD・EADと同じです。リスク管理のために作った格付けとパラメータが、そのまま会計数値の基礎になります。モデルの誤りは、リスク計測の誤りである前に、財務諸表の数字の誤りとして表に出ます。
問題は、損失が毎年80億円前後に収まってくれないことです。デフォルトは互いに独立には起きません。景気が後退すれば多くの取引先の業績が同時に悪化し、デフォルトが同じ年に集中します。1社ずつのPDは2%のままでも、悪い年に実現するデフォルト率は5%、8%と跳ね上がります。この連動の強さをデフォルト相関(default correlation)と呼びます。
相関があると、ポートフォリオの年間損失の分布は左右対称にならず、右に長い裾を引きます。大半の年は平均より少し下の損失で済み、ごくたまに平均の数倍の損失が出る形です。分布の平均、つまり80億円までは引当がカバーしますが、平均を超えた部分は引当では受けられません。この超過部分が非期待損失UL(Unexpected Loss)で、経済資本でカバーするのはここです。
足し算で見えないものはもう1つ、与信の集中です。総額1兆円が1万件に均等に散っているポートフォリオと、上位10社で3割を占めるポートフォリオは、ELが同じでも悪い年の姿がまったく違います。前者では大口1社のデフォルトは全体の1万分の1の話ですが、後者では1社で数百億円の損失が出ます。業種や地域の偏りも同じで、特定業種に寄ったポートフォリオは、その業種の不況が来た年にデフォルトが束になって実現します。1件ずつの審査がどれだけ正確でも、この偏りは1件の数字には現れず、ポートフォリオとして集計して初めて見えます。
悪い年の損失額、つまり裾の長さを決めているのは、個々のPDよりむしろ相関です。相関の値が少し動くだけで、めったに起きない大損失の規模は大きく変わります。どれだけ変わるかは、デフォルト相関と損失分布の裾でシミュレーションを使って確かめています。
悪い年への備えとしての経済資本
「悪い年」に備えると言っても、どこまで悪い年を想定するかを決めなければ金額になりません。ここで使うのが損失分布の分位点、VaR(バリュー・アット・リスク)です。信頼水準99.9%のVaRは、「1,000年に1回程度の悪い年でも、損失がこの額を超えない」という水準を指します。バーゼル規制の内部格付手法も、この99.9%という水準で所要資本を計算させています。
経済資本として持つべき額は、VaRからELを差し引いた残りです。ELはすでに引当でカバーされているので、経済資本が受け持つのは平均を超える部分だけでよいからです。式では経済資本をECと略記します。
引当と経済資本は、置き場所も性質も違います。引当は毎期の費用として損益計算書を通り、平均的な年の損失をその期の収益の中で吸収します。経済資本のぶんは自己資本の一部として貸借対照表に待機していて、平均を超える損失が実現した年にだけ取り崩されます。金利に織り込んだELぶんのクレジットコストで平年をしのぎ、経済資本で異常年をしのぐ、という二段構えです。

経済資本の数字は、規制対応のためだけに計算するのではありません。まず、自己資本の総額と見比べて、いまのポートフォリオを抱え続けてよいかの判断に使います。経済資本が自己資本に近づいているなら、増資するか、貸出を圧縮するか、保証や証券化でリスクを外に出すかという経営判断になります。部門や商品ごとに経済資本を配分すれば、「その事業は使っている経済資本に見合う収益を上げているか」という採算比較もできます。低格付け先への貸出は金利が高く見えても、経済資本を多く使うぶん、経済資本あたりの収益では見劣りする、という比較が同じ物差しでできるようになります。
VaR一本にすべてを頼るわけでもありません。99.9%の分位点は、過去データと分布の仮定から計算した数字です。そこで、「最大の貸出先グループが同時にデフォルトしたら」「過去の金融危機と同じ規模の景気後退が再来したら」という具体的なシナリオでも損失を計算し、VaRと並べて確認します。このシナリオ計算(ストレステスト)は、出どころの違う数字を突き合わせることで、どちらか一方の前提の見落としを拾う役割を持ちます。
VaRという道具そのものは市場リスク管理から来ています。市場リスクでは保有期間1日から10日、信頼水準95%から99%で日々計算するのに対し、信用リスクでは保有期間1年、信頼水準99.9%と、ずっと深い裾を見ます。深い裾ほど分布の仮定への感度が上がることは市場リスクでも同じで、分布の仮定でVaRがどれだけ動くかはモンテカルロ法とヒストリカル法の比較で実データを使って検証しています。
PD・LGD・相関の推定値には幅があり、保守的に調整して使う
ここまでの計算は、PD 2%や相関の値が正しいことを前提にしてきました。実務でこの計算体系の数字が狂うとき、原因の多くはこの前提、つまりパラメータの推定誤差にあります。
PDは格付けごとの過去のデフォルト実績から推定しますが、デフォルトはめったに起きません。ある格付けに500社が属していて1年間のデフォルトが3件なら、実績デフォルト率は0.6%です。しかし観測3件では、真の値が0.4%なのか1%なのかを言い分けられません。高格付けの区分では観測ゼロの年も珍しくなく(このようなポートフォリオは低デフォルトポートフォリオ、low default portfolioという名前がついています)、それでもPDをゼロとは置けません。
推定値そのものに幅があり、その幅は期待損失にも経済資本にもそのまま伝わります。観測が数件しかないときの推定の幅の大きさは、PD推定に伴う不確実性で定量的に確かめています。
LGDの推定にも固有の難しさがあります。回収は担保処分や再建計画を経て数年がかりで確定するため、直近のデフォルト案件ほど「最終的にいくら失ったか」がまだ分かりません。担保価値は景気に連動するので、デフォルトが増える不況期ほど回収も悪化します。デフォルト率と損失率が同じ方向に動くこの性質を無視して平時の平均LGDを使うと、悪い年の損失を二重に過小評価します。規制がストレス時のLGD(ダウンターンLGD)を別に求めるのは、この連動があるからです。
相関の推定はPDよりさらに苦しい問題です。相関を測るには「同じ年に複数のデフォルトが起きる」事象を数える必要があり、稀な事象の同時発生はいっそう稀にしか観測できないからです。バーゼル規制が相関を各行に推定させず、資産相関12%から24%という所与の値を使わせているのは、この推定の難しさに対する割り切りでもあります。
信用リスクモデリングの実務では、こうした推定の幅に対して点推定をそのまま使わず、保守的な調整を上乗せするのが通例です。どれだけ上乗せするかに理論的な正解はなく、データの量と質、その数字の用途(引当か、経済資本か、価格設定か)を見て決める設計判断になります。判断の起点として有効なのは、推定の中心値ではなく「どちらに外すと何が起きるか」を先に確認することです。引当が過小に外れると期中の損益をそのまま悪化させ、経済資本が過小に外れると悪い年に資本不足として現れます。外れたときの痛みが大きい向きに、余裕を持たせます。
格付けの更新、バックテスト、早期警戒という運用を続ける
信用リスク管理は、モデルを一度作れば済むものではありません。取引先の状態も、パラメータの前提になっている景気環境も動き続けるからです。
日々の運用の中心は格付けの更新です。決算が出るたびにスコアを引き直し、業績が急に悪化した先は期中でも見直します。格付けが変われば、その先のPDも期待損失も引当も連動して変わります。もう1つの柱がパラメータの検証(バックテスト)で、格付けごとに「割り当てたPD」と「実績のデフォルト率」を年次で突き合わせ、ずれが続くようならマスタースケール自体を引き直します。
決算を待たない仕掛けも並走させます。預金の急減、延滞の発生、手形の決済状況、業界ニュースのような日次・月次で動く情報に基準を置き、基準に触れた先を格付けの見直しや与信枠の縮小の検討に上げる、早期警戒という運用です。年1回の格付け更新だけに頼ると、期中に悪化した先への対応が最大1年遅れます。格付け制度は「ゆっくり正確に」、早期警戒は「粗くても速く」という分担です。
景気変動の扱いも、運用の設計に含まれます。足元の景気を反映してPDを動かす方式(Point-in-Time)と、景気循環をならした水準に固定する方式(Through-the-Cycle)があり、どちらを選ぶかで引当や経済資本の動き方が変わります。好況期には実績デフォルト率が下がるため、足元を反映する方式ではPDも下がりますが、そこで引当と経済資本を薄くすると、次の後退期に備えの薄い状態で入ることになります。何のためのPDか(会計の引当か、規制資本か、価格設定か)で適切な方式が異なるため、同じ「PD」という名前の数字が社内に複数併存することも珍しくありません。
モニタリングを怠ったときに起きるのは、静かな劣化です。ポートフォリオの構成が変わり、モデルを作ったときの母集団と目の前の母集団が少しずつずれていきます。数字自体は毎期出続けるので、ずれを検知する仕組みを最初から組み込んでおかないと、誰も気づかないまま数年が過ぎます。
まとめ
冒頭の問いに戻ります。引当を毎期積んでいるのに経済資本が要るのは、二つの備えの守備範囲が違うからです。引当が受け持つのは損失分布の平均、つまり平均的な年に見込まれる貸倒損失(EL)で、毎期の費用として収益の中で吸収します。経済資本が受け持つのは平均を超える振れ(UL)、つまりデフォルトが相関を通じて集中する悪い年の損失で、めったに使われないバッファとして貸借対照表に待機します。同じ損失分布の別の部分に、別の勘定で備えているのであって、二重の備えではありません。
この地図があると、実務の議論を部品ごとに分解できます。PDの水準を疑うならデフォルト実績の観測数を、経済資本の水準を疑うなら相関の仮定を、格付け制度を見直すなら区切りの設計を、それぞれ確かめることになります。部品の議論をするときも、その数字が引当・経済資本・与信判断のどこに流れ込むのかを押さえておくと、精度をどこまで追うべきかの判断がつきます。
最初の一歩としては、自社のポートフォリオで格付け別の期待損失の集計表を作り、過去10年ほどの実績損失の推移と並べてみることを勧めます。平均的な年の損失と最悪の年の損失がどれだけ離れているかを自分のデータで見ると、引当と経済資本の分担が抽象論ではなく手元の数字の話になります。